■おでかけしましょ ……[1]
「銀さん、今週の水曜日、済みませんが休みます」
「え?なんで?」
平和な昼下がり。
万事屋の事務所兼居間のソファで横になりジャンプを読んでいた銀時は顔をあげた。
「お通ちゃんのライブに行くんです!」
それはそれは嬉しそうな顔で、どこからかハチマキを取り出し頭に巻く新八。
今週の水曜に行われるライブはファンクラブ限定なのだ。
しかも抽選で選ばれる為、ファンの間では壮絶なチケット争奪戦が繰り広げられていた。
ネットの「チケット譲ります、交換します」掲示板でも次々と情報が飛び交う。
新八はかなりの倍率を制し、見事チケットをゲット出来た幸運なファンである。
「ホントは仕事終わってからでも間に合うんですけど、ちょっと親衛隊の打ち合わせとかあるんで」
親衛隊隊長である新八にはやるべきことが山程あるのだ。
「…………」
「なんですか?」
「別に〜」
熱く拳を握っている新八を冷ややかに見る銀時。
「あんたみたいな死んだ魚のような目の人にそんな視線で見られるとムカつくんですけど」
「なに、気にすんな」
「なんなんですか、一体。休んじゃマズいんですか?」
でも何も用は無かった筈なんだが。
ちょっと困ったような顔をする新八をちらっとジャンプの影から見ると、銀時はこれみよがしな溜息をついた。
「いやな溜息だなぁもう……はっきり言って下さいよ!」
そういうと銀時はジャンプで顔を隠しながら呟いた。
「………るって言ったじゃん」
「え?何ですって?」
小さな呟きは新八に届かなかった。銀時は仕方無く告げた。
「先週、映画見るって言っただろ?」
「………そうでしたっけ?」
まるで覚えていません、と首を捻る新八へまた銀時は溜息をついた。
「良いよ、覚えて無いなら」
「…………」
「どうせ大したこと無い映画だしぃ」
「…………」
「映画より本物に会える方が良いもんなぁ」
「…………」
「忘れちゃうくらいどうでも良い約束なんだしぃ」
「…………」
子供みたいな言い方で嫌味を続ける銀時に青筋が立つが、約束なんてした覚えは……。
「あ………」
そういえば先週テレビを見ていた時、映画の話をした覚えがあった。
『へー、この映画まだやってたんだ』
『ランキング5位ってことはそれなりに人が入ってるってことですよね』
『面白そうだから見てみてぇな』
『あそこの映画館、まだやってますよね。ちょっと調べてみましょうか』
『確か水曜って侍の日じゃなかったか?』
『侍じゃなくて男でしょ。メンズデーですよ確か』
そうだった。
話の流れで来週の水曜日に行こうと言ってたんだっけ。すっかり忘れていた。
「あの……」
「良いから気にすんな。行って来いよコンサート」
新八を見ようともせずジャンプで顔を隠す銀時は完全に拗ねている。
「……済みません」
確かに先に約束したものを忘れて一人浮かれていた自分が悪い。
まさか取れると思っていなかったライブなので、それだけで頭がいっぱいだったのだ。
チケットは取れないかもしれないという半ば諦めもあったので、抽選結果の出る日も忘れていたくらいだったから。
雇い主に対して仕事を休むという後ろめたさもあって、新八は体を縮めて謝った。
「…………」
その様子をジャンプの影から見た銀時は、「許してやらないこともない」とちょっと声を大きめにして言った。
「え?」
「その代わり丸一日デートすること」
「は?」
「映画見て、パフェ食って………」
「銀さん?」
「来週の水曜日、絶対空けとけよ」
「え…ちょ…」
「だから今週は特別に休んで良い」
そういうと銀時はジャンプから顔をあげて、初めて新八を見てニヤリと笑った。
「あ………ありがと銀さん」
新八は苦笑いを浮かべつつホッとしたようだった。
「分かりました、来週は絶対空けときます」
安心した顔をしてそう言った新八は、ジャンプの影で何やらいやらしい顔で密かに笑う銀時には気付いていなかった。
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